消えていく昭和デパート、それぞれの再生へのアイデア 長岡市・大和長岡跡地

消えていく昭和デパート、それぞれの再生へのアイデア | 女性自身

昭和の時代には、街の繁栄の象徴でもあったデパート。
それがいま、地方都市を中心に次々と消えつつある。
そんななか、街のシンボルだった跡地を再生し、残す方法を模索する人は少なくない。
そんな人々の奮闘を追った。

(中略)

新潟県長岡市にあった老舗百貨店「大和長岡」も、デパート業界を取り巻く厳しい現状のなかで、’10年に閉店した。
’58年、新潟県で戦後初の百貨店として開業した大和長岡は、駅から真っすぐ延びる大手通りにそびえる町の活況のシンボルだった。

閉店当時、長岡市は「安心安全な街づくり」を目指して空き店舗対策を始めていたこともあり、市がデパート跡地を買い受けることになった。
建物は大手通り商店街に運営を任せることで、商店街の再開発につなげようと、行政と商店街がタッグを組んだ。
これを起死回生のチャンスと考えた、長岡市商店街振興組合連合会理事長・安藤栄治さん(60)を中心に、商店街の人たちも結束。
百貨店跡地は、名称を「カーネーションプラザ」と改め、アンテナショップをメインに再生した。

明るく広い1階フロアに入ると、名産品や銘菓、雑貨小物、民芸品などが目に飛び込んでくる。
町村合併した市町村の特色ある名産品が常時300種以上、売られている。
イベントスペースには、ライブや演奏会にも対応できるようピアノも置かれていた。
定期的に多彩なイベントを開催し、商店街の店が展示会などをするときは、ほぼ無料で貸し出すなど、サテライト店舗としても利用されている。

安藤さんの本業は、イベントやパーティなどの企画・演出会社の経営だ。
そのプロデュース力を買われ、次々にアイデアを出している。
この夏は、プラザ裏手にある商工会議所で大がかりなオバケ屋敷を開催。
10日間で4,500人が集まった。

「8割は女子高校生と女子中学生。いまの子どもらは、楽しかったらネットで拡散してくれるから、翌日また、友達が押し寄せて、本当に大勢のコが来てくれましたね」(安藤さん)

イルミネーションをともし、プラザ前の32メートル道路を全面通行止めにして、ビアパーティも開催した。
ここを拠点に、かつてのにぎわいを取り戻し、街が再生できたら……。
あきらめムードだった商店主たちも、希望の光が見え始めている。

(後略)

Posted by 女性自身 投稿日:2016年11月24日 12:00